漢の劉邦について

 

前202年高祖劉邦によって前漢が建国された。高祖は秦代の「群県制」を採用し、中央集権的な国家を形成していった。また当時民は戦争によって疲弊し、国力は乏しいものであった。

よって民を「休息」させ、国力を回復させる緩和政策がとられた。

税制は国家財政の財源となる「賦」と帝室財政の財源となる「税」を採用した。

賦とは人頭税のことで、更賦と算賦(口賦)が存在した。また税は穀類供物によって納められた。

先述したように地方統治は当初群県制を採用していた。

しかし高祖が劉氏一族の安定的な勢力継承を考慮し、地方を劉氏一族にのみ統治させるような仕組みを作った。それが「群国制」である。

群国制とは中央の長安付近にはかつての群県制を敷き、地方には高祖の任命した諸侯たちが王として統治するのである。

これは秦代の群県制による独裁的性格の反省と、周代の封建制を考慮されたものである。

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