前漢における考察①

 

前漢では皇帝が中心の社会だったが、後漢になると地方勢力が強まってくる。これらは豪族と呼ばれ、地方では教養階級であり、豪族が地域社会の中心となっていったのであたる。これが後の貴族となるのである。

後漢が滅亡し、三国時代に入った中国では魏・呉・蜀が覇権を争う状況となった。そして魏が統一を果たし、その後西晋が建国された。この頃人口減少が問題となり、中国周辺に散在している漢人を呼び戻すと同時に、周辺民族が流入してきた。

西晋は短期間のうちに滅び、南へ逃れ亡命政権を建国した。これが東晋である。一方華北では南匈奴や羯、鮮卑、羌、氐などの異民族勢力が乱立し、漢族を支配するようになった。これが五胡十六国のはじまりである。

五胡が漢族を支配するにあたって、胡族の持つ「部族制」と漢人の持つ「中央集権」という形態の異にする二重体制をどのように胡漢融合していくかがポイントであった。胡族は部族血縁主義によって統治していたため、政権は早期に解体を迎え、短期的なものが多かった。

種族性を克服するには、胡族という戦闘集団が漢の文化や知識を取り込み、自らを貴族化することで成功した。胡の君主は漢人士大夫を側近とし、軍事力に長けている胡族集団を鎮という軍事駐屯地に派遣したのである。しかしこれにより、もともとの有力胡族集団が君主と距離が開いていき、没落していったのである。